【JMT】ヨセミテ国立公園のはずれで

周りに誰もいない荒野に張られたテントは、使われないまま朝を迎えた。

『8/30 13:25 Yosemite Valley Lodge Bus Stop』

ジョン・ミューア・トレイル(以下JMT)のスケジュール帳兼日記にはそう書いてある。
朝乗り遅れそうになった以外にはほとんど問題もなく移動できたので、昼過ぎにヨセミテに着いたのは間違いないだろう。
そう、あのエルキャピタン(垂直1000mの断崖絶壁を持つ岩山)を始めとする、巨大な岩壁群を両サイドに携えた風光明媚な深い谷、ヨセミテバレーに到着したのだ。

エル・キャピタンを望む
目次

第一関門:パーミット

JMTをスルーハイクするには、Permit(許可証)が要る。JMTを歩こうと決めた時、一番の難関となったのは許可証の取得だった。JMTはSNSの発達と相まって、その知名度はうなぎのぼりに上昇した。スルーハイクしようという想いを胸に各国から人々が押し寄せるようになったのだ。

何もなかったところを何往復も歩いていると自然と道ができるように、人が踏み入ることで土地へのダメージは確実に溜まっていく。草木は生えにくくなり、道はえぐられ溝ができ、雨が降るとそこに水が流れる。川が大地を削り侵食していくように、道という道は徐々に徐々に大地を侵食していくのだ。そして、ある程度踏み均された道は、元通りになるのにかなりの時間がかかり、あるいはもう二度と戻らない。

JMTがウィルダネス(原生自然地域:手つかずの自然に対してできるだけ手を加えず、そのまま後世に残すことを目的とした地域)を通過する以上、いかにその土地へのダメージを少なくするかが重要な問題になってくる。2015年、JMTスルーハイカーの著しい増加を背景に、ヨセミテ国公園からアンセル・アダムスウィルダネスへと抜ける峠である Donohue Pass において、1日あたりの通行可能人数を45人までとするルールが導入された。このルールは自然へのダメージを軽減するとともに、ハイカーにとって大きなハードルを作った。

1日に通行可能な人数が制限されたからといって、歩きたい人が減ることはなく、むしろその希少性から歩きたい人は増加した。水が豊富な地域では水は無料で提供され、一方で砂漠の水は高値で取引されるように、少なさは大きな有り難みを感じさせることがある。

1日45人という枠は多くない。むしろかなり少ない。約半年前から許可証申請の受付が始まるのだが、枠はすぐいっぱいになる。抽選でも当たる確率はものすごく小さい。僕も外れたうちの1人だった。出発の前日の8/28に抽選の結果がメールで届いた。僕は許可証が取れるか確証を得られないまま、日本を発ちヨセミテに向かったのだ。

入る人数が少ないということは、混雑しないということ。富士山頂上でのご来光を待ち望む人々の長蛇の列は、ここJMTでは生じない。人数制限は自然へのダメージを軽減するだけでなく、そのエリアに入った人々が、自然と、自分と、そして人と、じっくり向き合うだけの落ち着きを生んだ。このシステムは僕にとって心地よかった。鈍感でない人、感じすぎて日々の喧騒に嫌気がさしてしまうような人に対しては、沈黙の時間が、心の棘を優しく取り払ってくれる。静けさは寂しさではなく、やすらぎなのだ。

パーミットの当日枠

ヨセミテ国立公園に到着した僕は、パーミットが発行されるビジターセンターに真っ先に向かった。ちょうど観光シーズンで、付近は多くの人で賑わっていた。受付に目を向けると、ひげもじゃの大男が余裕のある笑みを浮かべていた。

英語での複雑なやりとりがありそうで緊張しながらも、「Hello. Nice to meet you. My name is Taito. I want to get a permit for John Muir Trail」と、教科書の例文のような挨拶をし、抽選に落ちたメール画面を彼に見せた。その時、僕はパーミットの当日枠(抽選枠以外のスペシャルボーナス枠:ハイキングを始める当日の朝、ビジターセンターが開いてから先着順で数名がゲットできる。超高倍率。)を狙っていたのだが、答えは「It’s full」だった。

”まあ、そんなうまくいったら面白くないさ。haha”と心のなかでうそぶいて、片言の英語とジェスチャーでどうにかならないものかと聞いてみる。すると彼は、おもむろにパソコンをいじり始め、画面を覗きこんだ。そして待つこと3分ほど、空いてる所があるぞ!ココから入れるけど、どうする?と地図を示しながら、セカンドオプションを提示してくれた。

そこは Tuolumne Meadow と呼ばれるところで、JMTのスタート地点 Happy Islesから約20km先の地点だった。Oops。
総距離350kmあるJMTのうちの20km。しかもヨセミテ国立公園のハイライトな区間。ここをスキップすることになる。

一瞬迷った。限られた期間と資金の中で、結構ギリギリの中で僕は今JMTを歩きに来ている。ギリギリの中で最初から最後まで歩く、スルーハイク(Thru-Hiking)をしようと思って来た。だから、明日の当日枠に期待して、今日はこの付近のキャンプ場で一泊しようか。

しかし、明日の当日枠をとれるとも限らない。明後日も分からない。その後もわからない。そして、なんとか粘って取得できたとしても、飛行機の時間に間に合わせるため、途中でエスケープするぐらいに日数が足りなくなってしまうかもしれない。

Tuolumne Meadow からなら、今日歩き始められる。そのことで、1日余裕(バッファ)ができる。JMTをスルーハイクするには約3週間かかる。これだけの期間の休暇をこれからの人生で生み出せるかどうかも分からない。ヨセミテ国立公園から20kmほどのハイキングであれば、3泊4日の弾丸旅行でもやれそうだ。

JMTの最初のセクションは課題としてとっておこう。今度来た時にヨセミテバレーと一緒に満喫しよう。そう決めた。

英語が分からず焦ったが、レンジャーの優しい笑顔と忍耐強さに救われて、Tuolumne Meadow から歩き始めるパーミットを取得することができた。

そしてJMTハイキングがはじまった

無事パーミットが取得できた僕は、ベアキャニスター(食料やゴミなど、匂いのするものを入れておく硬いプラスチック製の容器。簡単に開かないようになっている:国立公園、ウィルダネスには熊が出没し、観光客の持ち込んだものを漁る。その時、熊と人の接触が生じ、運が悪いと大きな事故につながる。自分や周りの人、そして熊を守るために、食料などは国立公園内に設置されている鉄製のボックス、もしくはこの容器にいれて管理することが義務付けられている。)を借り、併設のショップで買い物をした。

そしてバスに乗り、1時間ほどバスに揺られ Tuolumne Meadow に到着した。

もう外は薄暗かった。道路北側のだだっ広い荒野のど真ん中にテントを張り、水を汲み、浄水し、夕飯を作り、長かった今日を振り返り、日記を書いた。

天気が良かったし、JMT初日の夜を特別なものにしたかったので、テントには入らず、外に銀マット、シュラフを敷き、着れるだけ着込んで、星空を屋根にカウボーイキャンプをすることにした。

とても静かで広がりのある夜。時折400mほど離れた道路を走る車の音を聞きながら、眠りに落ちていった。

食事をするときはテントからこれくらい離れれば十分だろう。

翌朝、シュラフには霜が降りていた。

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この記事を書いた人

Hikers Guild の代表です。
自然の中を歩くことを何よりも愛しています。
歩くことの可能性をすこしでもお伝えできたらと、
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